異世界語学アプリ KOTONOHA Lernado




※※※※※ 注意 ※※※※※

ペア・ブレスレットにまつわるお話は、いつかのメモラージョ(いつかの未来)の後日談となります。
まだ『いつかのメモラージョ(いつかの未来)』のプレイを済ませてない方には多分なネタバレとなりますのでご注意ください。

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【 2 jarojn poste ―― 誘いの腕輪 ―― 】

 高遠凜(たかとお りん)は目覚めた瞬間、そこがベッドルームでないことに気づいて跳ね起きた。
 が、それでもその場から転げ落ちずに済んだのは、かつて自分が寝床として愛用した場所――ソファーの上だったからかもしれない。
「……ダンコン」
 背もたれをなでながら、凜は安眠を提供してくれたことに感謝するも――
「あぁ……」
 自分が身に着けていたモノを見て、すぐさま寝転がってしまう。
「なんで、こんな辛いの……」
 枕代わりにしていたクッションに顔を押しつけても、意識したモノを忘れることはできず。
 凜は、感覚を頼りに『左手に着けていたモノ』へと(おそるおそる)遠回りで指先を伸ばす。
「うぅぅ……」
 去年、彼女――ルカの誕生日に合わせて用意した『ペア・ブレスレット』の片割れ。
 これまでの人生の中で、凜がもっとも勇気を振り絞って購入した品たちは、充分すぎるぐらい役目を果たしてくれていた。
 それなのに――
「……ルカ、なくしちゃったのかな……」
 凜の目元が、じんわりと熱くなる。
 ことあるたびに、凜の視界で右手を振ってみせてくれたルカ。
 レイさんに対し、自慢しまくった事実を絶対に認めないルカ。
 お風呂場で、いつも名残惜しそうにブレスレットを外すルカ。
 脳裏には数々の彼女の姿が浮かぶも、いまの凜を笑顔にさせてはくれなかった。
「どうするのが……正解なのかな?」
 ルカを問いただすような真似はしたくない。
 でも、いずれ真実を訊かなければならない。
 この数日、そんな二択を揺蕩(たゆた)う間に、ふたたびルカの誕生日である“今日”を迎えてしまった。
 さすがにもう、猶予はない。
 ルカが何を隠し、何を欲しているのか?
 それを知る必要が、凜にはある。
「……とりゃっ!」
 凜は思い切って顔をあげたあと、『ハの字気味のシミ』をなかったことにするためにクッションをひっくり返す。
「そう。何が裏にあるのか、見極めないとね!」
 ルカの右手からブレスレットが消えたのは、一週間前。
 ちょうどその日、ルカは『式典』に参加していた。
 それもあって、余計な装飾品を外したのだろうと考えていた。
 しかし、次の日、さらに次の日になっても、ルカの手首にブレスレットが戻ってくることはなかった。
 その辺りから、ルカが学校から戻る時間が少し遅くなってきた。
 家に戻ってきても、どこか凜を避けるような素振りをみせる。
 2日に1回の頻度だった『一緒にお風呂に入ろう!』のお誘いも、ルカの口から出てこない。
 何か気に触るようなことをしてしまったのかと思い、凜が『Ĉu ni butikumu?』などとお誘いをかけても、首を横に振られてしまった。
 そして、決定的だったのは一昨日の出来事。
 レイを相手に、それとなく不安を漏らしたとき――
『そういえば,あの子がそのお店に入る姿を見かけたような……?』
『……へっ?』
『あなたの着けている“それ”は,駅の裏側にある職人さんのお店のモノでしょ?』
『確かにその通りですけど……本当に、ルカが?』
『えぇ。後ろ姿だったけど……私が見間違えると,思う?』
『それはないですね』
 勘の鋭いルカのことだから、『凜がどこでブレスレット買ったのか?』を突き止めていたとしても不思議はない。
 そこまでは、理解できる。
 が、この時期にわざわざ……なぜ?
 第三者から与えられた、疑惑のピース。
 普段は凜をからかうレイも、ウソをつくような人物ではない。
 ……となれば、ルカは何のために――

 ――※――

「フフーン♪」
 不安な気持ちで半日以上を過ごした凜に比べ、ルカは……かなりの上機嫌。
 事前に『本日のお祝いは夕方から』と先手を打たれてしまった凜としては、ソファーでぐんにょりしているしかできなかった。
「それでゥあ、しゅ(っ)ぱつします! いいですかー?」
「……あ、はい。って、どこへ?」
「ひみつ、です!」
 急かされるままに凜は玄関を出て、ルカのあとについて行く。
 方角的に考えれば、いつも利用する商店街になるだろう。
「何か、買い足すの?」
「んー。ちがい、ます!」
 ルカの後ろ姿からは、いまにもスキップを始めそうなぐらいの喜びがにじみ出ている。
「ねぇ、ルカ。ちょっと訊きたいことがあるんだけど……」
「なんですかー?」
「何か、あたしに……隠していることがあったりする?」
「…………!」
 振り返ったルカの顔には、珍しく焦りが見受けられる。
 が、それ以上に――
「あ、その……いや、なんていうか……うん! なんでもない! 気にしないで!」
 ずっと口にできなかった問いをもらしてしまった凜の方が焦っていた。
「……Ĉu vere? ほんとう、に?」
「う、うん。ごめん! Pardonu! Pardonu!」
 無理矢理に誤魔化そうとした凜は、ルカよりも前に出て、分かれ道まで進み、
「で? どっち?」と訊ねる。
「こ(っ)ち、です」
 ルカが示すのは商店街への直進路ではなく、反対側にある駅へ抜ける小道。
 凜は漠然とした不安を抱えながらも、先導する形で歩き始める。
「……今日ゥあ、ゥあたしの誕生日です」
「うん、知ってるよ」
「いくつにな(っ)たか、ゥあかりますか?」
「Dek ses、だよね」
「むー!」
「……16歳」
「そう、です!」
 ふたりきり――勉強以外の場面では、凜の母語(日本語)で話したい。
 あの日以来、そんな約束がずっと続いている。
「凜ゥあ、いま、いくつですか?」
「知ってるでしょ?」
「むーぅ!」
「……18歳」
 凜がぼかすのをやめて答えれば――
「ちょ(っ)とだけ、2歳の……差、です」
 ルカは小走りで凜に近づき、彼女の耳元でそんな言葉をささやく。
 そして凜が反応する前に、ササッと凜を追い越して距離を稼ぐ。
「ゥあたしゥお、つかまえてー!」
 振り返りながら、逃げるウサギ。
「あっ、こらっ!」
 戸惑いつつ、追いかけるタヌキ。
 2匹は誰も居ない小道を走り、やがて駅近くの通りまでたどり着く。
「ルカ! どこに行くの?」
「こ(っ)ち!」
 ルカが進む先は、駅の裏側。
 凜には、彼女がどこへ向かっているのか……何となく予想がついてしまう。
「ここ、です」
「……ぁあ……」
 そこは、凜がよく知る――ハンドメイド・アクセサリーの職人さんが居るお店。
「知(っ)てますね?」
「……まぁ」
「おどろき、ましたか?」
「いや、なんというか。利用したことがあるし……」
「んー?」
「で、ここのお店がどうかしたの?」
 いまさら感はあるものの、凜はできる限りぼかした会話を続けようとする。
「それでゥあ、ここで、すこしお待ちください」
「待って!」
 ひとりで店に入ろうとするルカを見て、凜は思わずその右腕を掴んでしまう。
「ねぇ、ルカ。入る前に教えて」
「Je…… Jes」
「もし、もしも……だけど。あたしが渡した“あれ”……なくしちゃったの?」
「???」
「その……“あれ”はね、確かに高かったし、作ってもらうとき、どうしようかすごく悩んだりしたの」
「…………」
「でも、それはそれとして。なくしたなら、なくしたで……ちゃんと教えてよ。変に気を遣って、わざわざ自腹で買い直すとか――」
「リン、おちついて」
「ごめん! だけど、落ち着けてって言われても、こればっかりは――」
「むずか、しい」
 焦りすぎて早口になってしまった凜は、ルカのためにあらためて言葉を探す。
「ルカは“これ”を……なくしたの?」
 自らの左袖をまくり、そこに着けたブレスレットをルカに見せる。
 ……と、ルカは静かに、自身の右手へと視線を落とす。
「そっか、やっぱり。もしかしたら留め具が壊れて修理かな、とも思ったんだけど……」
 心の準備をしていたとはいえ、やはり事実を突きつけられた凜としては――
「なくしません」
「…………へっ?」
 ルカは、ゆっくりと右袖をまくり、手首にあるモノを凜に見せる。
「ある……なんで? だって、この一週間、着けてなかったよね?」
「はい。それゥあ――」
「そうか! 修理だったんだ! そっか、そっか!」
「Ne!」
「……じゃあ、なんで?」
「こ(っ)ち、来てください」
 困惑する凜の腕を引っ張り、ルカは店のドアを開けて中へ入るよう促す。
 すると“ふたりを良く知る”店主が――
「Bonvenon!」
 手にしたハンマーを脇に置き、予約客を笑顔で出迎えたのだった。

 ――※――

「……ねぇ、ルカ。どうして、黙っていたの?」
「なにゥお、ですか?」
「……この“刻印”について」
 まもなく時刻は深夜23:00。
 誕生会に『お呼ばれしていた』レイとカナーコのふたりは、21:00の時点でそれぞれの家に戻っていた。
「こく、いん?」
「刻んだ文字……で、解る?」
「ゥあかる……」
 この1週間ほど、ルカの手元からブレスレットがなくなった事件。
 それは、その裏側に文字が彫れないかどうかを確認をするために、凜が買ったお店へ『ルカが相談しに行ったこと』が始まりだった。
「び(っ)くり、させたか(っ)た。それと……」
「それと?」
 ルカは自身の誕生日に、1年前のお礼として『凜に何かを返したい』とずっと考えていた。
「リンが、むし……した」
「いやいやいや、無視なんてしてないって! 単純に、してないのを指摘するのも気が引けて――」
「ず(っ)と、いゥあなか(っ)た……」
「ああああ、あのね。だから、それは――」
「し(っ)てました」
「え? してなかったよね? ずっと着けてなかったよね?」
「ちがいます。ゥあたしゥあ、リンが気づいていること、し(っ)てました」
「あぁ、そっちか。……で、何で知ってて言わなかったの?」
「がまん、くらべ……」
「……ぷっ……ププッ! がまん、くらべ……あはははっ!」
「ゥあらゥあないで!」
「いや、だって、そんな……ルカ、もう16歳になったのに――」
「むー! リン、きらい!」
 そんな言葉とは裏腹に、ルカはギュッと凜に抱きつく。
「……ごめん、ごめん。そうだね。我慢比べ、しちゃったね」
 気になっていたにも関わらず、訊ねることができなかった凜。
 気づいているに指摘しない恋人に対し、拗ねてしまったルカ。
「お互い、1年そこらじゃそんなに変わらないね」
「かゥあり、ました……」
「……え?」
「ゥあたしゥあ、16歳。リンゥぁ、いま、18歳」
「うんうん」
「もうすぐ、ハタチ……ですね?」
「いやいや、これから19ね。飛ばさないで」
 凜が少し怒ったフリをして、ルカのおでこに自分のおでこをグリグリと押しつける。
 ルカは、そんな彼女からの仕打ちを最後まで受けたあと――そっと、やわらかな唇を“押し”返す。
「……こら。不意打ちはズルいぞ」
「フフーン。きこえま、せん。ゥああたしゥお、だまらせるのな……のなぁ――」
 達者な日本語を並べるようになったルカを……凜は“ボディーランゲージ”で黙らせる。
 あまい甘い、ふたりだけの時間が始まりそうな予感を前に、凜はふと自分が着けたブレスレットを見てしまう。
「つかい、ますか?」
「……いや、これはもらったばかりだし……」
 凜の手にあるブレスレット。
 そのプレートの裏側には、『とあるメッセージ』が刻まれている。
「でも、よくこんな文章……刻んでもらったね」
「うぅぅ……それゥあ、いゥあない。ゥあたし、はずかしか(っ)た……」
 凜がブレスレットを購入した店を見つけ出したルカは、そこの主が職人であることを知り、新たな仕事の依頼をもちかけた。
 ――ここで買われた2つのブレスレットに、メッセージを刻むことがお願いできないか、と。
 そして、どんな文を彫ってもらうか数日悩んだ挙げ句、選んだモノは――
「……リン……それゥお、よんで……」
「え? いや、これは……」
「おねがい……」
「あぁ、あぁぁぁぁ……もう……何度も口にするの、恥ずかしいんだけど……」
「し(っ)てます。だから、もじゥお、きざんだ。それゥお、ゥあたす。ひみつの、あいず……」
 過去、凜が意図せず放った殺し文句。
 ルカは、そんな『とっておきの一言』を“あえて”プレゼントされたブレスレットの裏側に刻んだ。
「ゥあして。おねがい……」
「うぅぅ……で、でも……そうしたら……」
「ゥあたしも、かえします」
 右手に着けたブレスレットを外し、ルカは『その裏側』を指で隠しながら凜の反応を待つ。
「これゥあ、ず(っ)とリンが、着けていたモノ。そして、リンが決めた――」
「あぁぁ、やめてやめて! 顔から火が出るぐらい恥ずかしいし! あれは勢いで――」
 いま、ルカが着けているブレスレットに刻まれた文は、よくある文月愛(ユリアーモ)の『同意』表現。
 これはルカが選んだ文と対になるよう、凜が今日……自らの意志で彫ってもらったモノだった。
 たとえ口にできなかったとしても、ふたりをつなぐこの証さえあれば――
「ゥあたしも、はずかしい……」
 ルカは、戸惑い視線をそらす年上彼女の口元を見つめ続ける。
「あぁ、もう! 解る。その声だけで、すべてが解る!」
 逃げられない状況に観念し、凜は左手のブレスレットを外す。
「これは、この1年……あなたが着けていたモノ。だから、ちょっと惜しいけど……返します」
 ルカの耳元へ唇を寄せて、プレート裏に刻まれたメッセージをゆっくりと告げる。

 ―― Mi soifas vin. ――

 ……と、ルカは凜の胸元に顔を押しつけながら、
「これゥお、あなたに……かえし、ます」と、対になるモノを凜に差し出す。

 ―― Ankaŭ mi. ――

 枕元でお互いのブレスレットが交わり、それを追うように……凜とルカの身体も重なり合う。

「今日ゥあ……リンが……せめ……」
「えっ?」
「だ(っ)て、リンが、それゥお、のぞんだ……」
「望んだっていうよりは、『言わされた』って感じがしない?」
「だ(っ)たら、今日ゥあ、ゥあたしが――」
「いや、それはまた今度!」
「……こんど? それゥあ、いつ?」
 16歳になったばかりの無垢な天使の問いかけに対し――
「それは……次にあなたが、この腕輪の交換を望んだときに」
 19歳直前の自称・悪魔は、打算を抜きに真摯な言葉(ことのは)で『なんとか』今宵を乗り切ることに。
 しかし、明日は? 明後日は?

 以後、段々とエスカレートしていくふたりだけの秘め事は、誘いの腕輪を持つ側が“その権利”を行使するたび、毎晩のように繰り返されるのであった。

《おしまい》